目次
東海道五十三次を飛脚で走破してわかったこと。日本橋から京都まで、身体の使い方を実験した旅
江戸時代、日本橋から京都まで文書や荷物を届けていた「飛脚」という存在がありました。
現代でいえば、宅配便や速達便のような役割です。
ただし、当時の飛脚はトラックも電車も使いません。
自分の足で走り、歩き、宿場町をつなぎながら、江戸から京都まで情報を届けていました。
東海道五十三次。
日本橋から京都の三条大橋まで。
現在のルートでたどると、その距離は約500kmにもなります。
私はこの東海道五十三次を、日曜飛脚として実際に走破しました。
ただの長距離チャレンジではありません。
昔の飛脚は、どのように身体を使っていたのか。
長い距離を壊れずに進むには、何が必要なのか。
現代人が忘れかけている「歩ける身体」「走れる身体」とは何なのか。
それを自分の身体で確かめる、姿勢の実験でした。
飛脚とは、江戸時代の超高速通信だった
飛脚というと、時代劇に出てくる昔の配達人のようなイメージがあるかもしれません。
しかし、実際には江戸時代の社会を支える重要なインフラでした。
江戸から京都、大坂、各地の大名家や商人のもとへ、文書や荷物を届ける。
その中には、非常に急ぎのものもありました。
特に大名や重要な用件で使われる飛脚便では、複数の区間を人が交代しながらつなぎ、短い日数で江戸から京都まで文書を届けていたと言われています。
夜間には提灯を持つ人が伴走し、暗い道を照らしながら進んだという話もあります。
今のように道路が整備され、ランニングシューズや補給食、GPSウォッチがある時代ではありません。
それでも人間の身体を使って、驚くほどの速度で情報を運んでいたのです。
この事実に、私はずっと興味がありました。
昔の飛脚は、どんな身体の使い方をしていたのか。
なぜ、長い距離を移動し続けることができたのか。
その答えは、文献を読むだけではわかりません。
だからこそ、実際に東海道を自分の足でたどってみる必要がありました。
東海道五十三次は、身体の使い方を学ぶ道だった
東海道五十三次は、江戸の日本橋から京都の三条大橋までをつなぐ街道です。
品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根。
そこから静岡、浜松、岡崎、四日市、草津を経て、京都へ向かいます。
単なる観光ルートではありません。
坂があり、峠があり、川があり、宿場町があります。
人が移動し、荷物を運び、情報を届け、文化が交わってきた道です。
この道を自分の足で進むと、現代の便利な移動では感じられないことがたくさんあります。
道の傾き。
足裏に伝わる地面の硬さ。
峠を越える時の股関節の使い方。
長時間進み続けた時の背骨の状態。
疲れてきた時に呼吸が浅くなる感覚。
歩きと走りを切り替えるタイミング。
地図で見る東海道と、身体で感じる東海道はまったく違います。
実際に走破してわかったのは、東海道五十三次は「歴史の道」であると同時に、「身体の使い方を学ぶ道」だということです。
約500kmを進むには、根性だけでは足りない
日本橋から京都まで約500km。
この距離を進むには、ただ気合いで走ればいいわけではありません。
むしろ、根性だけで進もうとすると身体は壊れます。
大切なのは、走ることと歩くことを切り替えること。
疲れたら整えること。
背伸びをすること。
股関節を動かすこと。
足裏の感覚を失わないこと。
呼吸を深く保つこと。
つまり、身体を壊さずに進み続ける技術が必要です。
長距離では、身体の使い方の癖がそのまま結果に出ます。
かかとから強く着地する癖。
骨盤が後ろに倒れる癖。
肩に力が入る癖。
呼吸が浅くなる癖。
股関節ではなく膝だけで動く癖。
短い距離ならごまかせても、長い距離ではごまかせません。
東海道を進む中で、自分の身体の癖も何度も浮き彫りになりました。
だからこそ、これは単なる旅ではなく、姿勢の実験だったのです。
飛脚の身体は、現代人と何が違ったのか
昔の飛脚は、特別なトレーニングジムに通っていたわけではありません。
高機能なランニングシューズもありません。
GPSウォッチもありません。
エナジージェルもありません。
それでも長い距離を移動できたのは、日常の中で身体を使う力が育っていたからだと思います。
現代人は、便利な生活によって身体を使う機会が減りました。
椅子に座る時間が長い。
車や電車で移動する。
靴に守られすぎて足裏の感覚が鈍る。
股関節を大きく動かす機会が少ない。
背骨を伸ばす時間が少ない。
つまり、現代人は身体が弱くなったというより、身体の使い方を忘れてしまっているのです。
飛脚のように動ける身体を考えることは、昔に戻ることではありません。
本来、人間に備わっている身体の機能を取り戻すことです。
長距離を進む鍵は「速さ」ではなく「壊れない身体」
実際に東海道五十三次を走破して強く感じたのは、長距離移動で本当に大切なのは速さだけではないということです。
大切なのは、壊れない身体です。
速く走れても、膝が痛くなれば止まってしまいます。
心肺機能があっても、腰が固まれば動きが悪くなります。
脚力があっても、股関節が使えなければ負担が偏ります。
長く進むためには、身体全体を使う必要があります。
足だけで進むのではなく、背骨、胸郭、肩甲骨、股関節、足裏、呼吸をすべて連動させる。
これができると、身体への負担が分散されます。
逆に、どこか一箇所に頼りすぎると、そこから痛みや疲労が出てきます。
長距離は、身体の使い方をごまかせません。
だからこそ、東海道五十三次は最高の身体の先生でした。
背伸びをしながら進む意味
長い距離を走る、歩くと聞くと、脚の話ばかりになりがちです。
しかし、実際には背骨や胸郭、肩甲骨、呼吸がとても重要です。
疲れてくると、身体は前に丸くなります。
背中が丸くなり、胸がつぶれ、呼吸が浅くなり、脚が前に出にくくなります。
この状態で無理に進もうとすると、さらに疲れます。
だからこそ、途中で背伸びをすることが大切です。
背骨を伸ばす。
胸を開く。
肋骨を動かす。
肩甲骨をゆるめる。
股関節を伸ばす。
このような小さなリセットを繰り返すことで、身体はまた動ける状態に戻ります。
飛脚のように長い距離を進むには、ただ根性で進むのではなく、身体を整えながら進む必要があります。
これは、東海道を走破したからこそ実感したことです。
途中参加の仲間がいたから、道はもっと面白くなった
東海道五十三次をたどる面白さは、一人で黙々と進むことだけではありません。
途中の区間で仲間が合流してくれる。
一緒に走る。
歩く。
宿場町で話す。
道中の景色を共有する。
それによって、道の記憶がさらに濃くなります。
現代の飛脚は、江戸時代の飛脚とは違います。
SNSもあります。
GPSもあります。
途中合流もできます。
無理をすれば電車で離脱することもできます。
だからこそ、現代人の形で「飛脚」を楽しめるのです。
全部を走破しなくてもいい。
一区間だけでもいい。
日本橋から品川まででもいい。
箱根を越えるだけでもいい。
四日市から桑名まででもいい。
自分の足で旧東海道をたどると、身体も歴史も一気に身近になります。
地図を読むだけではわからない、身体で感じる東海道
東海道五十三次には、現在も多くの名残が残っています。
宿場町の跡。
一里塚。
古い街道の道筋。
石碑。
橋。
峠道。
神社仏閣。
昔の旅籠跡。
地図で見ているだけでも楽しい道です。
しかし、実際に身体で進むと、見え方が変わります。
なぜここに宿場があったのか。
なぜこの坂がきついのか。
なぜこの川を越えるのが大変だったのか。
なぜ人はこの道を何日もかけて歩いたのか。
身体を使うと、歴史が情報ではなく体感になります。
これが、旅ランや小走り飛脚の面白さです。
便利な時代だからこそ、あえて身体を使う
現代はとても便利です。
東京から京都までは、新幹線に乗れば数時間で着きます。
飛脚が何日もかけて運んでいた距離を、今では座っているだけで移動できます。
これは素晴らしいことです。
しかし、その便利さの中で、私たちは身体を使う機会を失ってきました。
歩かなくても移動できる。
走らなくても届く。
重いものを持たなくても暮らせる。
道に迷わなくても目的地に着ける。
便利になるほど、身体は使われなくなります。
だからこそ、あえて自分の足で移動してみる。
その体験は、単なる運動ではありません。
身体を取り戻す時間です。
東海道五十三次を走破して感じたのは、人間の身体にはまだまだ使える力が残っているということでした。
飛脚になるとは、昔の人の身体感覚に近づくこと
「飛脚になる」と言うと、少し大げさに聞こえるかもしれません。
しかし、ここで言う飛脚とは、職業としての飛脚ではありません。
自分の身体を使って移動する人のことです。
歩ける身体。
走れる身体。
長く動ける身体。
疲れても整え直せる身体。
目的地まで自分の足で進める身体。
これを持っていることは、人生にとって大きな力になります。
年齢を重ねても歩ける。
旅を楽しめる。
山に登れる。
仲間と走れる。
自分の行きたい場所へ、自分の身体で向かえる。
これは健康の土台です。
飛脚の身体に憧れることは、特別なアスリートを目指すことではありません。
人間本来の動ける身体を取り戻すことです。
東海道五十三次は、姿勢の実験だった
日本橋から京都まで、約500km。
この距離を進むには、姿勢、呼吸、足裏、股関節、背骨、補給、睡眠、休み方、心の持ち方まで、すべてが関係します。
まさに、姿勢の総合実験です。
走り方だけでは足りません。
歩き方だけでも足りません。
筋力だけでも足りません。
身体の使い方全体が問われます。
だからこそ面白いのです。
飛脚のように東海道をたどったことで、昔の人の身体感覚に少し近づけた気がします。
そして同時に、現代人にもまだまだ動ける可能性があると感じました。
まとめ。飛脚で京都へ行ったからわかったこと
東海道五十三次を飛脚のように走破する。
それは、ただの長距離チャレンジではありませんでした。
昔の日本人の身体感覚をたどる旅であり、
自分の身体の使い方を見直す実験であり、
現代人が忘れかけている「動ける身体」を取り戻すきっかけでした。
新幹線なら数時間で着く距離を、あえて自分の足で進む。
そこに、身体を使う面白さがあります。
歩く。
走る。
背伸びをする。
呼吸を整える。
足裏で道を感じる。
宿場町をたどる。
仲間と進む。
その先にある京都の景色は、ただ移動して着いた時とはまったく違うものになりました。
体を見直す時間は、人生を見直す時間です。
2022年東海道五十三次を走破して、改めてそう感じました。
実際に走破した様子が分かるイベントページ
https://takaakinakano.com/tokaido53/
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姿勢治療家Ⓡ 創設者
【姿勢が変わると、人生が変わる。】
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仲野孝明公式ブログにて役立ち健康情報や姿勢が人生にもたらす影響
正しい姿勢があれば何でもできるとモットーに挑戦している事など
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