
この仕事は、何時間でプロになれるのか
鍼灸師、柔道整復師という仕事を考えている方へ。
進路を決める前に、一つだけ知っておいてほしい数字があります。
どんな職業でも、プロフェッショナルになるまでには1万時間が必要だと言われています。
では、学校で実際に人の体に触れる時間は、どれくらいだと思いますか。
柔道整復師の養成校で学ぶのは、3年間で2,750時間以上と定められています。そのうち臨床実習は4単位、180時間です。
3年間で180時間。1日8時間で数えれば、22日ほどです。
崩れたのは、学校ではありません
ここで誤解しないでいただきたいのですが、これは学校が足りないという話ではありません。
この専門学校という仕組みは、もともと治療院(整骨院・接骨院・骨つぎ・鍼灸院)で働いている人が、法律や座学を学ぶために作られたものです。
技術は現場で、知識は学校で。二つで一つの設計でした。だから実技の時間が短くても成り立っていたのです。
昼間部と夜間部があるのも、そのためです。
昼間部は午後に働けるように、夜間部は午前に働けるように、時間割が組まれています。たまたま空いている時間ではありません。そこで働くために、最初から空けてあるのです。
働いている先生を助ける弟子のための学校。それが、この仕組みの成り立ちでした。
私が学生だった1995年は、治療院で働きながら学校に通うのが当たり前でした。同級生の9割が、どこかの治療院に勤めていました。学校に入るまで1年、2年待つのが常識で、ご縁のあった先生に相談して推薦状をいただき、その先生の母校を受験する。そういう時代です。いわゆる徒弟制度でした。
崩れたのは、学校ではありません。前提のほうです。
働きながら通う人は減りました。学校だけで完結すると思われるようになりました。
けれど、設計は変わっていません。だから、残りの時間を自分で用意する必要があります。
つまり、学校を出ただけでは、まだ仕事にはなりません。残りの9800時間あまりを、いつ、どこで過ごすか。ここが進路の本当の分かれ道です。
3年間で、6300時間になります
この時間割は、最初からそのために作られています。使うか使わないかは、自分次第です。
具体的に計算してみます。
昼間部の学生なら、15時〜21時。夜間部の学生なら、9時〜16時(休憩あり)。
| 1日 | 6時間 |
| 1か月(25日) | 150時間 |
| 1年 | 1800時間 |
| 夏期・冬期休暇の集中サポート(50日×6時間) | +300時間 |
| 3年間の合計 | 6300時間 |
そして卒業後。1日8時間×5日で、月160時間、年間2000時間。
卒後1〜2年で、1万時間に到達します。
同じ3年間で、学校の216時間だけで卒業する人と、6300時間を現場で過ごして卒業する人がいます。国家資格は同じです。けれど、その後がまったく変わります。
いま、この業界で起きていること
正直な数字をお伝えします。
はり師国家試験の受験者数は、公式に記録が残っています。
| 平成4年度(第1回) | 2,363名 | 養成校20校の時代 |
| 平成13年度(第10回) | 2,645名 | 10年間、ほぼ横ばい |
| 平成14年度(第11回) | 3,179名 | 規制緩和の影響が出始める |
| 平成19年度(第16回) | 5,561名 | ピーク |
| 令和7年度(第34回) | 3,920名 | 現在 |
学校が20校だった時代は、10年間ほとんど動いていません。制度で入口が決まっていたからです。
1998年の判決で規制が緩み、新設校の1期生が卒業したのが2003年。そこから5年で2.1倍になりました。当時は「資格を取っても仕事がないのでは」と言われた時期です。
そして、ピークから18年かけて3割減りました。
柔道整復師も同じです。国家試験の受験者は2016年の7,122名から、2026年は4,434名。10年で4割の減少です。合格者は3,170名、新卒でこの仕事に就く人は年間2,692名しかいません。
学校の募集停止や夜間部の廃止も続いています。
つまり、いまこの道に入る人は、減り続ける側に立つことになります。
一方で、体に困っている人が減ったわけではありません。むしろ、デスクワークと画面を見る時間は増え続けています。
需要は減らず、担い手が減る。これから資格を取る人にとっては、悪くない時期です。
なぜ減ったのか
私は、こう見ています。
柔道整復師が保険を使えるのは、急性の外傷——打撲、骨折、捻挫、挫傷のみです。
柔道の稽古で多かった怪我。それが、この技術の出発点でした。
ところが、そこを取り違えて、何にでも保険が使えると考えた人が多かった。
そして先ほど書いたとおり、働きながら学ぶ人が減り、技術が現場で伝わりにくくなりました。
それでも、治療院(整骨院・接骨院・骨つぎ・鍼灸院)は開けます。保険と、手順があれば。
同じ手順を、同じ順番で、誰にでも当てはめる。そういうやり方の治療院が、大量に増えた時期がありました。技術がなくても回る仕組みが、できてしまったのです。
そして保険の運用が厳しくなったとき、手元に何も残っていなかった。
減っているのは、その部分です。
必要な保険は使いながら、それ以外を自費で提供できる技術があれば、困りません。当院は完全自費で、保険を使っていません。それでも国内外から患者さんが来られます。
そして、この仕事はこれから面白くなります
社会全体が「運動しよう」という方向に動いています。健康経営、フレイル予防、生涯スポーツ。運動する人は、これから増えます。
運動する人が増えれば、怪我も増えます。
運動の指導ができて、怪我も診られる。その両方を扱えるのが、柔道整復師です。もともと、そのために生まれた技術だからです。
私自身、38歳から走り始めました。マラソン、トレイルランニング、トライアスロン。サハラ砂漠とアタカマ砂漠の250km、UTMBの160kmも走りました。
現場では、怪我をした人への応急処置をする場面が何度もあります。走れなくなった人を、また走れるようにすることもあります。
そして、慢性の不調で困っている方に、運動という選択肢を示すこともできます。
治療院の中だけの仕事ではありません。自分の周りにいる人たちの健康の水準を、まるごと上げていける仕事です。
私は、そこが一番面白いと思っています。
AIの時代に、この仕事は残るのか
仕事がなくなるのではないか。そう不安に感じている方もいると思います。
私は、こう考えています。
どんな仕事も、人の困り事を解決していれば、人の役に立ち続けます。仕事の本質は、人が求めていることを提供することです。そこから外れなければ、形は変わっても仕事はなくなりません。
体に触れて、その人の使い方を読み、変えていく。この仕事は、その中心にあります。
むしろ、いまだからこそ必要なこと
YouTubeやSNSに、健康の情報があふれています。
正しいものも、そうでないものも、同じ大きさで並んでいます。昨日と今日で言っていることが違うことすらあります。
こういう時代だからこそ、本質的な考え方を持ち、判断基準を自分の中に持っていないと、ブレます。
私たちは、人間の骨格の中心である背骨を扱っています。
同じように、自分の判断基準を、自分の背骨にしてほしいと思っています。
人間の本質、背骨を、しっかり自分のものとして考えられる。その自信さえ持てば、どんな症例でも解決策は見つかります。
情報を追いかけるのではなく、柱と軸を持つこと。それを研修として身につけていくことが、中途半端な情報に惑わされない唯一の方法です。
いま働いている方へ
この記事を、患者として当院に通ってくださっている方が読んでいるかもしれません。
いまの仕事に疲れた。何か違うことをしたい。そう感じておられるなら、この仕事を選択肢に入れていただいて構いません。
実際に治療を受けて、良くなった経験のある方は、強いです。体で分かっているからです。何が変わるのか、それがどれだけ嬉しいことなのかを、患者の側から知っている。
資格取得までに3年、その後さらに数年。時間はかかります。けれど、40代50代で第一線に立っている治療家は大勢います。長く続けられる仕事です。
最後に
働かせてもらえる治療院を、ぜひ訪ねてみてください。当院でなくても構いません。
給料の高い安いは、気にしないでください。時給で数百円変わる程度の話です。
人生は、時間でできています。
1万時間をどこに投資するか。その先に、何が身につくか。見るべきはそちらです。技術はもちろんですが、世界観と倫理観を身につけられる場所かどうか。それが3年後、10年後を分けます。
プロフェッショナルとして本物になれば、未来は大きく開けていきます。
将来の鍼灸師、柔道整復師が一人でも多くの人々をサポートし、健康で輝かしい未来を一緒につくれるような社会を目指して、応援しております。
姿勢治療家®創設者
仲野孝明











